2020年2月5日水曜日

やっと来られました。

東日本大震災
 今さらながらですが。2019年10月にはじめて現地に足をふみいれました。
友人とのメッセンジャーでのやりとりの記録です。(自分の発言箇所のみ)


遺構の荒浜小学校まで来てみました。この辺はまだ生々しい跡が手つかずです。
気になってた宿題がひとつ片付きました。
最寄りの駅から5kmくらいなのて街の空気を感じながら歩いてたら警察に職質されました。振り込め詐欺の受け子がうろうろしてるらしくて明らかに怪しいやつと思われました。

もろもろボランティアみたいなものに腰が引ける自分に対する言い訳みたいなものなんですけどね。とりあえず現場の土を踏んで手を合わせて自己満足です。

なんかちゃんと対峙するのを逃げるんですよね。人の死に関わること。警察官に説明するのがたいへんだった。なんで広島から、関係者でもないし係累もないのに一人でスーツ姿で歩いてるのか。
分かってはもらえて有難うございますといわれましたが。

足を踏み入れた場所はほんとに現実感がないと言うか、「映画みたいだった」と言う体験者の言がちょっとわかった気がしました。あと日本の土木力はすごい。復旧してるとこも田んぼの畔にありえん大きさの石があったりね。太田川中流くらいのこぶし大のがゴロゴロあると、土の処理とかどんだけたいへんだったんだろうと思いました。
嵩上げの土地改良はこれは焼け石に水だなと言う感じがしましたが、「生活する場所」に戻すにはそれでもせざるをえんでしょうしね。


負い目を感じることはないとおもいながらね。まあ置かれた場所でなすべきことをなすということなんでしょうね。

ふりかえり 2016/2/7 別府大分毎日マラソン

2:59'02"

とにかくモチベーションが低い。
あんなに楽しみにしていたレースなのに、体重を落としていたらあと2分いや3分はカットしていた。しょうがないか。だめなときはだめ。

そんな中でなんとか3Hきりの来年への切符の確保だけを目標にした。4'15をまもれないラップが何度か出てあきらめかけたが、40kmの通過で2:50'だったのでとりあえずサブスリーはいける…となってからはねばった。それでもぎりぎり2:59'。あぶないところだった。

だめなときはだめなりに、ベストがつくせた感じで充実感はあったが、今はもうああすればよかった、こうすればよかったと、都合の良いことを考える。勝手なもの。3H切っただけでも上出来だろう。

この状態で、とにかく気持ちをつなぐのがたいへん。いろんなわすれものをしたが、おまもりのつけ忘れは参った。頼らずに行こうとはらはくくるが、準備があたふたで心が散っていた。


9:00ころ会場着
おさる3fまだ空いていたがすぐすし詰めになる。
蒸しパンとバナナ10時ころ補給。
ゼッケンセットして序g九体操動きづくり30分くらい
11:00荷物預けが始まり動き激しくなる。
11:20ころあずけて
11:45ラインナップ
勾玉まもり忘れに気づく。ワセリンとアームスリーブ
ぎりぎりまで館内にいて、ラインナップにでて
12:00スタート ラインまたぐまでが50"
最初の1kmはそれをひいても4'33で早すぎる。抑えたつもりでも集団の流れに持っていかれる。

スタートから4'15がらみでゆっくり抜かれるままに行く。3000番台の人が前を行く。1500、1600台の人もどんどん出るが気にしない。だいたい4'10はきらない。4'15をこえると次で取り返す感じで、ハーフまではとにかく我慢。

3kmで18"におちて落ち着き始める。
5kmが21'09" 予想通りくらい
10km亀川の折り返し 坦坦と進む。遅すぎるくらい
20kmスタートに戻ってくる。ここまで10~15”お間で微妙に上下。
5kmトータルでは2'15くらい。落ち着いていた。
ハーフから25kmもほぼ同タイム。おちそうで落ちない感じ。
30kmまでは残すつもりで無理をしない。30kmまでに19"とか20"とかで初めてちょっと焦る。
35kmも12"~24"くらいの上下があってトータルではこの5kmが21'25。あげられない。落ちるのを我慢。
そこからあげらるかと思ったが、やはりあげることはかなわず、ときどき4'20におちるのを最小限にこらえて、4'12くらいをたもつ。30kmすぎて足が残っているのかわからないが、とにかく3きりだけをめざした。あとはつぶれるつもりで1kmずつ刻む。

35kmまではなんとかもつ。あと7km。1kmずつつぶしていく。40kmで2-50. OKまにあう!と思ってから41kmで4'02が出る。(すぐ42kmで4'20におちる)スタジアムにはいってのトラック周回が長い。2-58'で行けるのかと思ったが59'オーバー。

トラックを回りながら、間に合わないのではと妙に不安になる。とりあえずカテ2の権利は確保。今年唯一のサブ3.もう駄目だとおもったが、ねらって出せるならまだ余裕があるのだろう。2-50はいくんだろうか。来年の見通しが立たないが、もう少し続ける気持ちにはなった。

道下さんに追いついたところが山だったのかもしれない。助けられた。30kmすぎ、あの感じだと彼女もきれなかったのか。

別大でサブ3は一つの悲願だったがやってしまうとやはり欲が出る。一つ宿題が片付いたがまだやり残しがある感じ。
カテ2の権利はあっていいのか悪いのか。控室のあの狭さはかえって面倒かも。自己満足の世界。


ふりかえり 2016.11.6 下関海響マラソン

先日の別大をみていて、なんとなく書いておきたくなった。
ちょっとしんどい時期を振り返って直視できるくらいにはなったか。
 50代のうちにはもう一回と思うが、もう厳しいかな。

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5:30 目が覚める 5:50起床
おにぎり1 バナナ1 ロビーの朝食サービス少し。ごはん・パスタ
トイレマネ完了 
怪我をしないことと、完走をねらう。
4'30/kmが守れればよしとする。
6:40出立、6:51 下関行

怪我をした瞬間に、ああ、今タイム狙いの追い込んだ練習ができなかったらもうきついな…と思ってどこか投げたような、ほっとしたような気分になっていた。それから2か月、やっては痛めての繰り返しで焦っていた時期をすぎると、もうあきらめ気分が表に出る。
いったん切れた気持ちはもうふわふわともとにはもどらない。

これではだめだとどんと走っては休みを繰り返す。仕事がちょっと立て込むと、集中しているときならどんなわずかな時間でも、意地でも走るつもりでやっていた。それができない。ちょっと予定が狂っただけで、ああもう今日はだめだ。ちょっと疲れると、もう今日はいいか…完全に負けているがそれを許してしまう。

練習量が足らないから体重もどんどん増える。ちょっと頑張って減らしたと思ったらすぐ食べる。間食がとまらない。62kg12%。体は完全にゆるいし重い。レースに間に合わないじきになってしまえばもうあきらめる。

直前に1kmのペース走をしてみるが3'50をねらったつもりでで4'08 4'10くらいのしんどさまでしかあげられない。計ってみたら4'30 これはもうサブ3,5いければ上出来と思うが、走る前はまだできると思っていた。筋力低下は著しく、レースでは前半4'30ペースが 後半もたなかった。足が止まる。気持ちも続かない。練習した、やることはやったという気持ちの支えがなければ無理だよな、だめだよな、と逃げやすくなる。ほんとは走れるのに足がつったような気分。止まれば足は固まるから再び走り出そうとすれば当然つりかける。足がつるのさえリタイヤの理由になりそうでちょっとほっとする。許されたように甘え、同じSブロックの歩いている人を見てもほっとする。情けないが戦意喪失。言い訳をさがしてプライドを保とうとする。情けない。歩いていることに罪悪感も悔しさもなくなってくる。

日頃練習もしていなさそうなランナーに抜かれても何も感じなくなる。収容バスが30kmにいる。よほど乗ろうかと思うが、乗っている人たちをみると惨めになってやはり歩いても完走だけはしようと思う。コールドスプレーをふけばかなり足がもどる。ちょっと走り始める。ながくながくつらいコース。ラスト10kmを1kmずつと思うが、もうコントロールする気力もない。ゆるゆるとゴール。なんとか4時間は切ったがあまり意味もない。

得るものがあったとすれば、もう二度とこんな思いはしたくないと思えたこと。それがいやならやるしかない。底をうった気持ちが上を向き始めたのを感じられたことくらい。

ふりかえり 2015 第8回下関海響マラソン





2015111
気温7.764%北西4 
 タイム 3:03:29
 総合順位127/436
種目別順位122/386 登録男子

 ハーフまでは去年と一秒差、ほぼ一緒のタイム1:28'12”。後半の35km以降の落ち込みが、去年よりはちょっとましだったぶんのタイム短縮。レースプランにまよった。前半抑えれば後半の坂のペースダウンで取り返せない。前半とばすと後半持たない。前半を21分でおさえて、後半の上りをこらえ、下りでかせぐ。4'30でのぼって4'00でおり、4'15くらいでいければ全体としてはぎりでいけるか?
 実際には、後半の坂で4'30でのぼっても4'00でおりる力がない。サブスリー電車はもっと前半おそかった。長州出島あたりでおいつかれて大橋にかかるところで振り切られた。しばらくついていったときのペースは4'15くらいだったから、彼らはおそらくずっとイーブンでいっていたのだろう。ついていけなかった。
 シーズン最初のレースだからこれくらいコントロールできていれば上出来なのかもしれないが、このコースでサブスリーをなかなか達成できそうにない。
 坂に対する準備がたらない。後半の疲れは心肺ではなく筋力不足。スクワット、腹筋の補助運動をしなくては足らない。坂というような坂ではない。橋は自動車専用道だから勾配もカーブも緩やかで地味に長い。坂だと思わなければもっといける。意識し過ぎなのだろう。

 

【準備】

 レースの位置づけとしては防府前の脚づくりと考え、フルの感覚を取り戻すことを第一に考える。できることならサブスリーやっておきたいが、ここをピークにしたメニューは組まない。宿、食事は例年通り小倉駅前の東横イン。去年よりはやく投宿できたので夕方ジョグができた。奥田製作所までの40分ジョグ。
 当日朝は5:00起床。すぐ食事。ムスビ3、バナナ1。レース朝のむすび3個はちょっと多すぎたか。行動表にしたがって小倉から下関にJR移動。下関着からはSブロック専用に指定された生涯学習プラザに入るが、フロアはすでにいっぱい。入り口でゼッケンの提示チェックを受ける。自分が座ったところの奥に陣取っていた先客が戻ってくるなり「せま!」。余計なことに神経を使いたくないのですぐ移動。階段途中にすわる。すぐに人でいっぱいになる。結構狭くていいのかわるいのかわからない。暖かいのとトイレがすいているのはよかった。
 ゼッケンを付けて体操してアップしたら結構な時間になる。直前の糖質補給でカステラを口にして戦闘服に着替えて出る。8:15のゲート閉鎖に間に合うように8:00ころには移動。Sブロックスタートは去年のAよりごちゃごちゃした感じだった。去年のAよりやや後ろになった。Sの要件(2010以降でサブ3.5)を満たす人は結構多かったのか。AKBの仮装をした人が今年もいる。ソーティージャパンを履いている。太め。彼は走り始めたら姿は消えた。
 レース中の補給食はお守り代わりにパワーショットをスリーブに挟んでいくが使わず。出島折り返しのエイドでくれたアミノバイタル1本。給水は毎回とる。そのかわり各所で一口ずつ口に含む程度。

【レース展開】

 プランとしてはスタートから10kmまで4’15でいって20kmまでに4’05にあげておいて、坂に入ったらのぼりで4’30くだりで4’00くらいのめりはりで走るつもりだったが、スタートから4’10切のペース。抑えている感じはあったので去年より焦りもないし疲労感もない。表情や呼吸にも余裕があった。途中で後ろについていたランナーと聖湖のことで喋ったりする余裕があった。
 だいたい前半は5kmで1人か2人に抜かれるくらいのイメージ。ほぼ安定していた。彦島トンネルをすぎてのぼりにかかった途中でハーフ通過。思えば、トンネルのなかで聞こえた足音がもうサブスリー集団の足音だったのだろう。ハーフが28分。去年と同じ。大橋をくだって25kmくらいまでは良いペース。

出島大橋にかかるあたりからちょっとペースが上がらない感じになってくる。このあたりでサブスリー電車の集団の足音が大きくなってきこえてきてあっというまに飲み込まれる。しばらくついていってみる。アミノバイタルとっておりかえすが、折り返しあたりからもうじわじわ離れていく。出島大橋のところ30kmでペーサーが「ここからですよ。リラックスしましょう」と声をかける。4’15から4’17ペース。今の自分には結構きついが、これに付いていって慣れればたぶん上げなおせると思って粘ってみる。復路の彦島大橋にかかる前に100mは差がついた。もうサブスリーは諦めた感じになる。あれについていかなければいけないのかと思うと途方に暮れる。
 去年はここで一気にブレーキになるが、なんとか手を振り背中をのばしでピッチだけはおとさないようにする。残り10km表示からはあとは、いつものジョグコースの距離感をイメージする。あと1km我慢、あと1km辛抱と思ってペースを維持する。関彦橋あたりでタワーが見える。気持ちはもう着いた気になるが、あれを目印にするとそこからぐるぐると迂回路が結構長くて「え、まだか…」と気持ちがゆれる。JR高架下をくぐって市街地に入ってくるころはもう2kmもない。もう終わるなあとおもいながら時計をみる気もなくなっている。自分より年上の女性ランナーに抜かれてとどめを刺されエディオンの前を通る。まだあるのか。41km、42kmの表示が遠い。最後の曲がり角42kmをすぎてゴールがみえたらやっとほっとする。

【ゴール後】

ゴール後は余裕がある。計時も自分の時計もみなかったので、記録のプリントアウトではじめて3分と知る。ああ、7分8分ではないのか、思ったよりいいなと思う。もうちょっと頑張ったら3分くらいなんとかなった。追い込んでいない。レース後の足の痙攣も去年のようなことは無い。去年は最後歩くように走ってキロ5ペース近くまで落ちたから、それに比べれば最後まできちんと走れた感じはある。それにしても不完全燃焼な感じ。当初目的は果たせたし、コースベストではあったが、何かもやもやが残る。解放感もない。
 すぐ着替えて、チームのメンバーをさがし、ゴールを迎える。ふるまわれるフグ鍋とヨーグルトをたべて昼ごはんがわりにする。
 帰りの便の予定があるのでチームの皆には失礼して先に帰る。小倉まで移動してあとはのぞみ。去年はいったん尾道で車をピックアップしなくてはならなかったのでしんどかったが、今年ははやい。翌日は40分ジョグで疲労抜き。ダメージなし。



















これが最後のレースになるのかも H28 12/18 47回防府読売マラソン


5:30起床 6:30出発 7:00 修道大学前でM君ピックアップ
8:50ころ 着 受付アップを終わらせて
11:30 ラインナップ
12:02 スタート

5km10km15km と良いペースで4'20を切っていく。20kmまでに、4'30を守れなくなりそこでほぼ終わり。あとは足の動くところまでだらだらと続ける。30kmすぎで気持ちが切れ、初めて棄権をする。

今の自分には抑えたつもりの4'20/km切りが早すぎた。汗もかきすぎ。体重も重すぎ。足のスタミナもなし。終わっても体のダメージ全くなし。30kmであきらめる癖がついたか。くやしいとか情けないとかの気持ちにもならない。むなしさだけ。
リタイヤってどうすればいいんだろうと迷って、しばらく走り続けて、補助員に声をかけるまでの時間がいちばんつらかった。
ちかい補助員のかたに意思表示をする。バスのゐる場所を教えてもらってそこまで歩く。意思表示をしたらゼッケンのうらの計時タグをとられ、本部に連絡がまわる。 タグを取られた瞬間、なにか心臓をちぎってもっていかれたようなショックがあった。
バスになると何人かすでに乗っている人がいる。バスの中はさむく、ブランケットをもらう。思考力も低下している。

後日記録証明送られてくる。
2時間21分16秒 DNF 30km

ひさしぶりにこの記録証をみて、残してしまった宿題を直視している。もうレースははしらないかなと思う一方で、死ぬまでにもう一回すくなくとも完走はして終わっておきたいという思いもある。